
日程:7月13日〜7月14日、開催地:テネシー州ナッシュビル
ナッシュビル・スーパースピードウェイ、距離:1.33マイル(2.140km)

ナッシュビル・スーパースピードウェイは全長1.33マイルのコースであるが、全長に対してコーナーの占める割合が大きいサーキットで、高いコーナーリング性能が求められる。舗装はコンクリートで、タイヤラバーが乗るとグリップレベルが上がり、高速での走行が可能となる。ハイスピードでありしかもトリッキーな面もあるテクニカルコースである。パンサー・レーシングは昨年このサーキットで3位でフィニッシュをしており、そのセッティングにも期待が出来る。
好天に恵まれたプラクティス1回目、松浦孝亮は23秒2038のべストタイムをマークし、10番手につけた。2回目のプラクティスではセッティングを変更して臨んだが、日中の気温上昇による悪影響もあり、23秒2577と逆にタイムを落とす結果となり、18台中14番手のタイムとなった。

夕方近く5時15分から始まった予選では、松浦孝亮のアタックは14番手の予定であったが、1台予定通りにタイムアタックが行えないドライバーがでたため13番手のアタックとなった。3周のウォームアップの後、アタック1周目のタイムは23秒2405、2周目には23秒2433をマークし、グリッドは13番手となった。
しかし予選終了後の車検ではマシンが通過できなかった。ルールに適合していない箇所があるとの判定をIRL車検員から受けたためだ。その違反はチームが全く意図したものではなく、それによって他車とのアドバンテージが取れるものでもなかったため、チームは即座に抗議をIRLへと提出した。しかしチームの主張は却下され、チームはその判定を受け入れて、グリッド最後尾の18番手からのスタートすることとなった。

決勝は土曜日にナイトレースとして行われる予定であったが、降雨のため2000年6月のテキサス以来となる雨天順延となり、翌日曜日の正午スタートとなった。
テクニカルで高速なナッシュビル・スーパースピードウェイ。各チームの車両の性能は拮抗し、予選ではポールポジションから17位までがコンマ5秒の中にひしめき合っている状態であった。このような状態ではオーパーテイクが非常に難しく、我慢のレースが必要となる。そんな中最後尾からのレースを余儀なくされた松浦孝亮は、1台でもポジションを上げるべく、レースへと臨んだ。
スタートで松浦孝亮は見事なダッシュを見せて一気に13番手までポジションをアップし、アンダーステアに悩まされながらもポジションをキープ。1回目のピットインではフロントウイングに調整を加えてハンドリングの向上を図った。レース中盤でもなかなか思うようなハンドリングは得られず、その中で2番手ほどポジションを落とし15番手となった。
レース終盤の183周目、松浦孝亮が第3ターンを回ったときに、目の前にジェフ・シモンズのマシンが突如として現れた。彼はピットインすべく減速レーンを走っていたが、そこでコントロールを失い、松浦孝亮のマシンへと近づいてきたのた。松浦孝亮はぎりぎりかすめるようなステアリング操作を行ったが、ライン外側のタイヤかすに乗ってコントロールを失い、外側の壁にヒットしてし、結果としてリタイアとなってしまった。
松浦孝亮は「最後尾グリッドからのスタートとなってしまったので、大幅なポジションアップは難しいし、まずはゴールまで走り切ること。それを目標に掲げていました。今日のレースではタイヤかすがひどくて、少しでも外のラインに出ると危ない状況になっていました。それにしても悔しいのは、最後のクラッシュです。マシンへのダメージはそれほど大きくははなかったのですが、リタイアは悔しい。次はミド-オハイオです。チャレンジのしがいがある難しいロードコースですが、僕はロードレースが好きですし、マシンのロード用セッティングは戦闘力が高いはずなので、思い切り戦いたいと思います。」と語った。